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東京高等裁判所 昭和26年(う)5582号 判決

本籍 東京都○区○○町○○番地

住居 不定

無職

福島某

昭和四年○月○○日生

本籍 福島県○○郡○○町○○番地

住居 東京都○区○○町○番地 ○○方

無職

渡辺一郎こと 渡辺某

昭和七年○月○○日生

右被告人福島某に対する詐欺窃盜、同渡辺某に対する窃盜各被告事件について昭和二六年一〇月一一日東京地方裁判所が言渡した有罪に対し被告人福島某から、同渡辺某に対する公訴棄却の判決に対し検事田中万一から夫々適法な控詐の申立があつたので当裁判所は調査を遂げ左のとおり判決する。

主文

本件控訴はいづれもこれを棄却する。

被告人福島某に対し当審に於ける未決勾留日数中百日を同被告人が原審で言い渡された懲役刑に算入する。

理由

被告人福島某の弁護人尾畑義純並びに同被告人及び検事田中万一の各控訴趣意は各同人等作成名義の控訴趣意書と題する末尾添附の各書面記載のとおりである。これに対し当裁判所は次のように判決する。

検察官の控訴趣意について。

少年法第四二条第二〇条第四五条第五号等の諸規定は現行少年法の立法趣旨に由来するものであつて、例外規定のない以上これ等の規定は遵守されなければならない。少年は所論のようにその心身未成熟の状態にあるため、被影響性が強く、外部的条件に支配され易く、ために容易に犯罪その他の罪行に陥る反面、教育、矯正の可能性に富んでおる。それゆえに、少年法は特に非行ある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うため(少年法)犯罪少年及び虞犯少年は家庭裁判所の審判に対し家庭裁判所をして当該事件について、その少年の外、保護者又は関係人の行状、経歴、素質、環境等について、医学、心理学、教育学、社会学、その他の専門的知識を活用して調査し当該事件について法定の保護処分中、その少年に最も適切なるものを発見処置させることとしおるのであつて、これを刑事処分に付するのは所論のように例外に属する。従つて少年の犯罪について刑事処分を相当とするか否かを決定する基準は一般成人の犯罪におけるが如く犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況等(刑訴法第二四八条)の観点から訴追の可否を決するのでなく、前掲のとおり保護、教育、矯正等の観点から、当該犯罪における少年の内在的原因と外来的な因とを前掲のような方法で調査した結果を綜合考察した上でこれがいかなる保護処分にも適せず、例外的処分としての刑事処分を相当とするか否かを家庭裁判所をして判断決定させるのが現行少年法の建前であつて、所論の保護処分の限界を超えるものと認めて刑事処分を相当として検察官に送致するところのものは、当該少年の抽象的犯罪性でなく、依然当該犯罪及びこれと不可分の関係にある犯罪性であると解すべきである。従つて刑事処分を相当とする家庭裁判所の決定は、ただ単に抽象的に当該少年を刑事処分に付するに足るとするのではなく、具体的な犯罪と不可分な関係においてであるに過ぎない。故に当該犯罪は少年の犯罪性の徴表であるとしても、その犯罪について家庭裁判所の刑事処分を相当と認めて検察官に送致した後、その犯罪と併合審理されうる段階で発見された余罪までも、これを目して当該少年の更に強い犯罪性の徴表として、これを検察官が家庭裁判所の決定を更に求めることなく、直ちに訴追すべきことを予想したものと解することは相当ではない。

蓋し仮に所論のようであるとすると、若し既に家庭裁判所の決定を経た犯罪が無罪となり却つていわゆる余罪が有罪となる場合には、その少年は所論にいわゆる犯罪性の徴表となつた事件が無罪となり、従つて該事件には犯罪性はないにかかわらず全然家庭裁判所の調査判断を経ない事件について却つて犯罪性ありとして刑事処分に付されたと同一の結果となる。かようなことは全く現行少年法を無視する結果となるから、家庭裁判所が所論のような趣旨の送致決定をするものとは到底考えられないからである。なお右の場合少年法第五五条の存在を理由とすることも亦正当ではない。蓋し同規定は家庭裁判所が刑事処分に付するのを相当とした事件さえも起訴を受けた裁判所が審理の結果なおかつ刑事処分に付すべきでないと思料したときの少年保護のための救済規定であつて、この規定の運用を主張して逆に検察官が家庭裁判所を経由しない起訴を是認することの根拠となし得ないからである。

その他前掲のような余罪を更に家庭裁判所に送致しても同裁判所は刑事処分を相当とする決定をすることは必定であるから無用の手続であるという考え方もあるが、当該余罪の有する夫々の特殊の原因又は事情は必ずしも常に前の犯罪と同様刑事処分を相当とする決定にいたるか否か断言できないし前の設例の場合などをも考えるとかかる余罪についても法が最適の調査機関として設けた家庭裁判所の調査の機会を与える法の精神と前に設示した少年犯罪取扱の原則から考えて実益のないものということはできないし、少年法の文理解釈も上述の趣旨に適合するものであるから原判決が所論一、二及び四の公訴事実について当該公訴を不適法として棄却したのは相当であつて所論はいずれも理由がない。

被告人福島某並びに同弁護人の控訴趣旨について。

しかし本件犯罪の回数、被害額その他の犯情並びに諸般の情況に照すと、各論旨挙示の事由を併せ考えても、原判決が被告人を懲役一年に処したのは相当であつて所論のような量刑不当はない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三九六条刑法第二一条に則り主文の通り判決する。

検事松村禎彦立会

(裁判長判事 谷中董 判事 石井文治 判事 鈴木勇)

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